銀の風

二章・惑える五英雄
―21話・古よりの遺恨―



「今から遠く遠く時代をさかのぼること、約5000年……。
われらミシディアの民の祖先は、強大な魔法国家を作り上げていたそうじゃ。」
5000年というと、人間なら一体何代前だろうか。
仮に一代を40から50年とすると、100代以上も前になる。
長命な竜でさえ、「気が遠くなる」といいそうだ。
ましてや人間では、見当もつかない。
「あれ……?確かミシディアの人は、
難破船に乗っていた人がご先祖だったんじゃなかったんですか?」
リディアが思わず疑問を口にする。
「たぶん、元々居た人たちと混血したんじゃないかしら。」
普通、旅行でもない限り女性は船に乗らない。
海はいつ何が襲ってくるか分からないので、漁や貿易には行かないものだとか。
それに元々この大陸は、自然は少々厳しいが住めないほどではない。
先客が居てもおかしくないだろう。
「その通り。外海の者と、原住民の血が交じり合って生まれたのが、現在のミシディアの民。
原住民達は元々魔道士の素質を持った民で、
5000年前にはすでに、大陸史上最大の力を誇った国を作ったとか。
国の名は、その国の末期に居た、一人の若き女導師……。
彼女が、今なお続く悲劇の始まりじゃった。」
「女導師……。」
若いというのだから、20代から30代の間に収まってしまうのだろう。
長老の側近が40〜50歳くらいであることを考えると、年の割りにかなり優秀だ。
身内でいうなら、ローザやリディアに近い実力者ということになる。
「代々の長老に口伝でのみ伝えられる話によると、
ある時その導師は禁忌を求め、ついに邪神の一人である魔神と結んだとか。」
「魔神?」
聞きなれない神の名前に、ゴルベーザが問い返す。
彼は、この世界の神話をまだ知らない。
「存じませぬか。魔神とは、この世に魔力を満たした神のこと。
全ての神で最も魔力が高いといわれ、邪神でなければ信仰対象となっていたでしょうな。」
魔力が高いということは、それだけ魔法にも優れているということだ。
確かに、もしも善き神であったら、
ここミシディアで信仰されていてもおかしくない。
「……。」
「導師は魔神との間に子を儲け、しばしの幸福に浸っておりました。
勿論、邪神の子を時の長老たちは放ってはおかず、
母子共々すぐに追放されましたがの……。」
考えてみれば、むごい事をしたものだと長老は漏らす。
穏やかな長老は、遠い先祖がしたことに心を痛めているようだ。
「それで、魔神は恨んで……?」
流石に、このくらいの想像は簡単についた。
長老が軽くそれにうなづく。
「その通り。その行為は魔神の怒りを買い、国は一瞬で滅ぼされたのじゃ。
それなのに、何故この話が伝わっておるのか……不思議なことですがの。」
ふうっと軽く息をついた長老に、先ほどから部屋に入ってくる風が吹き付ける。
風は収まるどころか、話している間になおいっそう強さを増したようだ。
「ところが、事はそれだけでは収まらなかったのでの……。」
長老の表情が、どんよりと曇る。
「どういうことですか?」
ハンスから聞いた話がよみがえる。
「代々ミシディアの地に栄えた、国を滅ぼした女性と関係が……?」
ローザが問うと、長老は少し驚いたようだ。
「おや、それをローザ殿がご存知とは思いませんでしたな……。
ここの者たちから聞いたのですかの?
確かに、この国のものは皆知っておりますが……。」
どうやら、よそ者は知らないことらしい。
都合が悪いのか、嫌なことなのかははっきりしないが。
「えぇ……まあ。」
思わず、リディアは笑顔が引きつった。
まさか、先ほど非業の死を遂げたハンスから教えてもらったとは言えまい。
「そうですか。まぁそれはともかく、ローザ殿が今言われたその女性……。
彼女こそが、魔神と導師の間に生まれた者なのじゃ。」
「彼女が……。」
やはりそういうことらしい。
話を聞いている間に、薄々勘付いてはいたのだが。
「原因は唯一つ……。母子ともに追放されてから、すぐのことですじゃ。
ここから試練の山の辺りまで、馬やチョコボで行ってもそれなりに時はかかります。
じゃが、生きるためにそこへ逃れた彼女と娘は、その後追っ手によって焼き殺された。
それからその追っ手が戻ったときには、祖国の首都は消えており……、
そこで全てが終わったはずだったのじゃ。そう、全てが。」
消したはずの火が、まだくすぶっていた。
そんな感じだろうか。
「それなのに、導師の娘は生きていたんですね……。」
「うむ。恐らく、完全な神として生まれてきたようなのじゃ。
それゆえ、炎の中でも死ななかったのじゃろう。
神と他種族の混血では、生まれた事さえ珍しいというのに……。」
神は不死の力を持つとされる。例え肉体が滅ぼうとも、その体は再生できるとか。
その力は、例え赤子でも備わっているのだろう。
それとも導師が、最後の最後まで我が子を守りぬいたのか。
普通に考えれば後者が自然だろうが。
「確かに……。」
不死の力を持つだけではない。
「神力」と呼ばれる特殊な力を持ち、
ありとあらゆる意味で全てを超越した存在。それが神。
それに刃向かったその国が滅ぼされても、当然といえば当然の報いだ。
「そして長じた彼女は、ある時この地を訪れ……呪いをかけたのです。
この地に生きる我らの一族に、優秀な魔道士が生まれなくなる呪いを。」
「優秀な魔術師が……?でも――。」
ローザが怪訝そうな顔をした。
優秀な魔術師ならば、何人もこの地に居るはずだ。
長老を始めとした、最高位の魔術師たち。
半年前の戦いのさなかに命を落としてしまった、賢者・テラ。
そして、まだ幼いながら素晴らしい実力を見せるパロムとポロム。
「いやいや……ミシディアの魔道士の実力は、本来この程度ではないのじゃ。
そう、本来ならば古魔法と呼ばれる古の魔法を多少扱うことが出来た。
しかしその時を境に、古魔法の使い手はぱったり途絶え……。
今では、魔術書でさえも残っていないのじゃ。」
魔法に特化していたミシディアの原住民たちは、
今では他種族にもほとんど使い手が居ない、古魔法を使うことが出来たらしい。
これも、口伝でのみ残っている。
古魔法は最も古く、かつ最強の魔法。
その存在は、神殿にあるような詳しい神話の本でのみ魔法の名前が登場する。
もっとも、詠唱が出ていないので結局意味が無いが。
『古魔法……?』
勿論聞いた事が無いので、セシル達は揃って首を傾げてしまう。
「知らないでしょうな、普通に生きておられれば。
古魔法とは、神々が編み出した最も古く最も強力な魔法。
今はもう、極々限られた一部の種族にしか使い手はおらんのじゃ。
要される能力のほかにも、理由はあったようですが……これは今は省きますな。」
最も強力という事はそれなりにリスクが高い。
たとえばMPの消耗も、威力に応じて激しいだろう。
「なるほど……。」
それほど強力ならば使い手を探してみたい気もするが、
今はそんな事を気にしている場合ではない。
「……ところで長老殿、魔神の娘は今どこに?」
ゴルベーザが、唐突に口を開いた。
その言葉とは裏腹に、何か確証があるような声音だ。
「?!まさか、行くつもりで……。」
長老の顔が、とたんに青くなる。
だが、止めても無駄だろうという悟りもそこにはあった。
「もしかして、子供たちが行ったかも知れない洞窟がそこなんですか?」
あまりに分かりやすい長老の変化に、
鈍い鈍いと人に言われるセシルもさすがに気がついた。
「ええ……まさにその通りですじゃ。
もしそこに行っていたとしたら……恐ろしいことになるかも知れません。」
長老は、深刻な面持ちでうなずきながらこういった。
「でも、それならなおさら早く行って止めないと……。」
心配そうにリディアが言った。
行ってしまう前に止めないと、子供たちの命に関わる恐れも否定できないのだ。
「リディア殿のおっしゃる事も、一理ありますな。
……地図とチョコボを用意いたしましょう。少々お待ちくだされ。」
子供達をセシル達は決して見殺しにしないだろう。
そう踏んでいた長老は、ただちに部屋を出て側近たちに命令を下した。
願わくば、予想が当たらないようにと祈りながら。



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20話とあわせて、長老百面相状態です。
魔神の娘の話だと、表情がめまぐるしいことで。(←お前の仕業だろうが)
それにしても少々話が強引な気も……。
でも、これ以上だらだら長くなっても困るので、目を瞑ってやって下さいませ……。
次でやっと、目指していたシーンですよ……長かった(泣